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はてなダイアリーより移行

あの人はプロ漫画家になっていた。私は終了直前です。


大学の頃の漫画サークルの人の名前を検索すると、2人は漫画連載を勝ち取りプロの道を歩んでいる。ブレの無い生き方だ。自分は安定していればいいやと思った結果がどうにもなってない現状である。業務にしても一本筋の通った一連の知識体系と言うものが全く身についていないのだ。で、たまに本なんか読み込んでいるとたまに職場の人と話についていける瞬間があるわけだ。世の中の「普通の人」というのは、ただ何となくだらだらすごしている人という事ではなく、身を磨き、知識を色々と学び、まじめに業務に励み、それでやっと人並みである。だらだらとすごしている自分はイッパシでもなんでもなく、哀れみの目で見られる立場でしかない。本を読もうとしても本論に入れば脳が拒否し、書き取りしようにも数ページで挫折する。職場の先輩に教わった「索引だけ書け」という方法だけが役立っている。他には何にもない。以下に自分のだらしねえポイントを晒す

ヒゲ

例えば日々の手入れのひとつであるヒゲだ。電気シェーバーをちょっと撫でてジャーと剃って終わりというものではない。剃りにくい所を重点的に攻め、残った部分は手剃りで補い、乳液をつけてお肌を保護する。そこまでしてツルツルにしてはじめて「普通」と言えるのだ。そうでなければただの剃り残しでだらしねえだけである。そういえばヒゲの剃り残しあるよ自分

リテラシー

ニュース系ブログでは、既存メディアの報道を検証したりしている。それはすばらしい事なれど、見ている自分は少しも偉くはない。その検証記事が本当に正しいのかと検証を検証するぐらいで無いといけないのだ。リテラシーを持っていると勘違いし新聞もプレスリリースも読まずにブログを斜め読みして情報強者を気取っている者は、情報弱者と侮っている者より遥かに情報に弱いのだ。まさしく自分の事


我慢強さ

成果物をしっかりと作り出すには、然るべき下準備というか積み重ねがもとめられる。例えばガレキの製作過程を記したサイトなり動画なりを見ると、マスキングしたり、パーツをばらしたりと地味な作業が延々と続くわけ。その下積みあればこそ完成品は美しく仕上がるのだが、自分はいきなり着色したり形をいきなりこねるような事をする。結果がひび割れたハリボテにしかならないのだ。ひとつの事を我慢強く、仕立てる事はこれまでで無かった。小中学校で成績が良かったのは力技でエレガントで無い解法を行っただけ、より抽象的思考の求められる高校・大学では通用しない。社会?力技が通用するものではない。下手な考えはすぐに行き詰るように世の中設計されているのだ。然るべき知識を持ち、然るべき解法を有機的に問題に結び付けられる人でなければ…

浅い趣味

仕事業務で駄目であるにもかかわらず、遊びでも駄目である。皆色々な遊びにお金をつぎ込んで楽しんでいる。ゲームにしても自らプレイする能動的体験だ。自分はモニターの前で動画をダラダラ見るだけの受け身である(しかも固まった同じジャンルばっかという最悪のパターン)。よくテレビは受け身のメディアと言われるが、テレビには出会いがある。「たまたまスイッチを入れたら面白そうな番組がやっていたので観たらハマった」という経験はテレビならではである。ネットは能動的な人には出会いの宝庫であるが、自分には何も無い。最近は「ランキング動画」ばかり見て上澄みをさらうようなマネしかしていないし、ニコニコ生放送「動画紹介配信」でリクエストを流して「わー自分のリクに反応して動画が流れた」とそんなんで喜んでいる。カスである。



なんでもいいから「これだけは得意」というコアを持っていないと、仕事も遊びも何にもトリエの無い自分のようになってしまうのである。